後悔をしない神様の話
記事らしい記事を書きますかぁ。神です。
いやねぇ、本日道徳で自分自身の汚いところ、醜いところを見直して〜みたいな授業をやったんですよ。
それで後悔の話をしましてね。
後悔って、以前してしまったことを悔やむってことじゃないですか。
以前してしまったことを悪かったなぁって、あの時の判断は間違ってたなって。
でも私、後悔をしたことがなくてプリント書けなかったんですよね。
ちなみにその授業で気づいたことを書くって欄で何も気づかなかったから”人間って醜いんだなって思いました”って書きました。
中三が闇深い。
いやそれで、後悔をしたことが無いって話なんですけどね。
あの〜、理由がね。叩かれるかもしんない。
後悔ってその時の判断が間違ってたなって思うやつじゃないですか。
でもそれって、その時その判断をした自分にもその判断のせいで傷付いた人にもその判断のおかげで利益を得た人にも失礼じゃないですか。
今更その判断を悔やんだところで傷ついた人の傷が癒えるわけでも無いし、その判断を悔やんでやり直せたとしてもやり直すと利益を得た人の利益が消えるわけでまた傷つく人が出てくると思うんですね。
で、その判断を選んだ自分にも失礼だと。
てなわけで後悔をした事がないんですけども。
どうもこういう授業、倫理観を問われるような道徳の授業苦手ですね。
以上、神様。でした。